YOUGA SPIRITS

用賀スピリッツ

2026/1/18

用賀のゲーセン、ゴルフ部、そして常連さんに支えられた独立。「屋台村」「よりみちウィーク」の生みの親、小田垣文雄と用賀

用賀商店街飲食部の理事でもある「ビストロ穏屋(おだや)」のオーナーシェフ、小田垣文雄(おだがき ふみお)さんにお話を伺いました。用賀の原風景、伝説の屋台時代、商店街イベントの裏側から、インタビュアー新井とのまさかの過去、そして「用賀ワイワイコイン」とのコラボ構想まで。笑いの絶えない収録の様子を、ほぼノーカットの全文記事でお届けします。(インタビュアー:武井浩三、編集:AI(notebookLM)、撮影:新井佑)

用賀のゲーセン時代と、伝説の町中華「三幸」

ーー:ではヨウスピ第2回、「ビストロ穏屋」のオーナーシェフ、小田垣文雄さんにインタビューを伺いたいと思います。よろしくお願いします。

小田垣:よろしくお願いします。

ーー:お願いします。では早速ですけれども、生まれ育ち、どんな幼少期だったかお聞かせいただけますか?

小田垣:はい。生まれは世田谷区の中町です。中町通りからちょっと入ったところ、ヨークマートの裏あたりが実家です。

ーー:ヨークマートの。

小田垣:そうですね。ヨークマートの裏で実家というか、ま、叔父さんがそこで駄菓子屋をやってて。今はもう辞めちゃったというか、だいぶ前に店は閉めちゃったんですけどね。あの中華の「三幸(さんこう)」ってわかります?

ーー:「三幸」さん、はい。

小田垣:その並びのところでやってて。

ーー:「三幸」さん、まだ現役でやられててすごいですよね。

小田垣:いや、「三幸」さん、亡くなっちゃったんですよ。

ーー:え!? そうなんですか? お店なくなっちゃった?

小田垣:店主が亡くなっちゃったんですよ。昨年か一昨年だったかな。

ーー:はい……そっか。残念ですね。。

小田垣:だからもう店閉めちゃったんですね。

ーー:閉めちゃったんだ……。俺、2年前ぐらいに行ったのが最後だ。あそこはめっちゃ安くて美味しくて、すごい好きだった。。。

小田垣:いや、めっちゃコスパのいい街中華でしたよね。

ーー:そうそうそう。

小田垣:ま、その辺でずっと、中学は玉川中学校で。住所は中町なんですけど、遊びに来るのは用賀が多かったです。

ーー:当時、用賀で遊ぶって、例えば小学生の頃とかってどんな遊びをしてました?

小田垣:小学校で遊ぶとしたら、砧公園とか。あとはゲームセンターですね。昔、「日の丸」っていうパチンコ屋のところが複合施設になっていて、2階にゲーセンとかカラオケボックス、ビリヤードなんかもあったんです。

ーー:へえー! そんな複合施設があったんですね。

小田垣:そうそうそう。2階にゲームセンターがあって、カラオケボックスがあって……みたいな。あとビデオレンタルも「日の丸」でやってて。

ーー:「日の丸」ってのがあったんですね。ええ、それはいつ頃までありました?

小田垣:いつ頃だろう。もう高校生の時はまだあったから、その後ぐらいに今の新しい建物になってパチンコ屋だけ残って、って感じですね。なんか友達はみんな上野毛(かみのげ)の方へ行ってたんだけど、俺一人で用賀の方に遊びに行ってた(笑)。なんか引き寄せられてるというか。

ーー:なるほど。小学校の頃からスポーツとかはされてたんですか?

小田垣:小学校の頃は全然何にもスポーツしてなくて。強いて言うなら、高校の時にゴルフをやってたぐらい。

ーー:そっか。どんな小学生でしたか?

小田垣:結構いろんなところに行ってたかも。チャリンコ乗って釣りが好きだったから多摩川へ釣りに行ったりとか。ブラックバスとかやってた頃は、赤坂見附のお堀までチャリンコで夜中行ったりとかして。

ーー:おお、夜中に! 赤坂までチャリで! 今のバイク好きに繋がってるんですかね。

小田垣:今のバイクに繋がってるのかわかんないけど(笑)。結構一人で行ったりしてましたね。今もバイクでいろんなとこ行きますけど、基本一人です。なんかあえて待ち合わせて行くより、自分の好きなタイミングで行けるのが一番自分に合ってんのかなっていう。

ーー:ちなみに、万さくの万也(かずや)さんの奥様も、玉川中ですよね。

小田垣:そうそう、そうなんですよ。

ーー:やっぱり地元ならではの繋がりですね。

全国優勝校のゴルフ部と、バブル時代のキャディバイト

ーー:高校は日体荏原(現・日体大荏原)で、その時にゴルフ部だったと。中学は何部だったんですか?

小田垣:中学はだからほとんど何にもしてなかった。なんか文化系みたいなやつにとりあえず入ったみたいな。あと友達が卓球やってたんで、卓球部に顔出したりとか。なんか属してたっていう記憶があんまりない(笑)。

ーー:へえー。

小田垣:で、本格的にやったのはその高校のゴルフ部で。3年間、本当に365日部活みたいなところだったので。

ーー:日体に行くってことは、結構運動やりたいっていう想いがあったんですか?

小田垣:ま、高校に入ったらさすがに部活はしたいなと思って。で、やっぱり野球やサッカーはみんな小学校からやってるから、じゃあ何ができるかって考えた時に、ゴルフだったら周りにやってるやついなかったんで、高校から始めてもいけんだろうぐらいの感覚で入ったんです。

ーー:はいはい。

小田垣:そしたらその日体荏原は、もう全国大会で優勝するようなとこだったんです。もうゴルフの「ゴ」の字もないというか、普段の部活はひたすら走り込みと筋トレしかしない。あとは「帰ってから自分で練習してください」みたいな。

ーー:マジすか?(笑)

小田垣:そう。基本の部活は学校でほんと走ってるのと筋トレしかしないから。で、中学の時何も部活してなかったんで、もう毎日、1年生の頃なんか電車のホームの階段とかも手すりにつかまりながら歩くぐらい、本当にもう毎日強烈な筋肉痛で。

ーー:毎日筋肉痛! 本当にきつかったんですね。(※ここで一同笑い:インタビュアーの新井さんは毎日二日酔いという冗談)

小田垣:練習は、今の大蔵運動場の練習場によく行っていました。あとは週末、土曜日学校が終わるとそのままクラブを持って、千葉の方のゴルフ場へ電車で行って、コースに泊まり込みです。

ーー:ええ、泊まり込みで!

小田垣:着いたその日に担ぎでハーフ回って、次の日また日の出と共にハーフ回って、キャディのバイトをして、また担ぎでハーフ回って、電車に乗って帰ってくるって生活を3年間ずっとやってて。

ーー:すげえ……。じゃあ週末土日はいつも泊まり込み?

小田垣:泊まり込みで。夏休みも1ヶ月ぐらいそのゴルフ場に行って泊まり込んで。

ーー:なんでそんなゴルフが好きなんです?

小田垣:いや、好きっていうか、ま、やろうと思って入ったんだけど、もうそうせざるを得ないじゃん、そういう部活だから(笑)。部員もめちゃくちゃ多かったですよ。100人ぐらいいましたから。

ーー:100人も!

小田垣:僕らが入ってた時は団体戦で全国大会3連覇とかしてたんで、超強豪校でした。同級生には世界ジュニアで2回優勝して、タイガー・ウッズに勝ってるようなやつもいましたから。先輩には丸山茂樹さんとか、一流の選手がいる高校だったんで。

ーー:すごい……。じゃあキャンパスライフみたいなのは?

小田垣:もう本当部活だけですよ。でもお金はね、めっちゃあったんですよ。学校公認でキャディのバイトをするから、当時毎週1万円ぐらい入ってきたのかな。

ーー:高校生のお小遣いとしてはすごいですね。

小田垣:だから月に4、5万入ってくるわけでしょ。で、合宿で1ヶ月泊まり込みで行くと、それだけでもう20何万とか貯まるから。

ーー:それ、バイトしながら泊まり込みなんですね。食事ももらえて?

小田垣:食事ももらえてお金ももらえて。その頃はバブルの終わりぐらいだったんで、お客さんもまだバブルの名残でチップくれたりとか。5000円とかくれたり、絶対なんかしらお土産はもらえるみたいな。

ーー:場所はどのあたりなんですか?

小田垣:一番行ってたのは千葉の五井(ごい)っていう駅まで電車で行って、そこからちょっと先ですね。

飲食の道へ。用賀の今は無き屋台文化とぶどう農園のトイレ事情

ーー:そこから高校卒業する時はどんな将来を考えてましたか?

小田垣:いや、全く。ゴルフはもう3年間やって、大学の推薦の話もあったけど、ま、ゴルフもいいかなと思って。そんなにめっちゃ上手かったわけでもないし。特に将来も決めてなかったんで、そん時同級生だった友達が専門学校行くっていうので、じゃあ俺もそこ行くみたいな感じで、渋谷にある空調設備の専門学校に行きました。

ーー:飲食じゃないんですね。

小田垣:飲食じゃなかった。高校も男子校で、さすがに共学がいいなと思いながら行った専門学校も結局工業系なんで、男しかいないみたいな。結果5年間ほぼ男子校みたいな生活をして(笑)。

ーー:(笑)。

小田垣:それで蒲田の方にある設備会社に就職して。でも専門学校時代に、二子玉川の高島屋の中華屋さんや、地元用賀の「くいものや 円(えん)」という居酒屋でバイトをしていて、やっぱり飲食がやりたいなと思ったんです。

ーー:円さんって、駅前の田中橋のとこの?それで転職を?

小田垣:はい。会社を辞めて「円」のマスターに相談したら、「専門学校に行くより現場で覚えたほうがいい」と言われて、そのまま「円」に就職して5年間働きました。その後、新橋や巣鴨、最後は尾山台のお店で、和食から洋食までいろいろ経験を積みました。

ーー:その頃の用賀ってどんな雰囲気でしたか?

小田垣:当時は用賀にまだ屋台がいっぱいあった時代があったんですよ。全部で4、5軒はありましたね。

ーー:え、どこですか? その4つって。

小田垣:今のイエローハット、246号線のとこちょっと入ったところに「一龍(いちりゅう)」が1軒あって。それこそ砧公園の入り口の正面のところ、そこにも一軒あって。で、今ニトリとセブンイレブンの間の道、あそこにも「一龍」があって。

ーー:へえー!

小田垣:で、高速の下にも一軒「うさぎ屋」っておでんの屋台があって。今のバズカフェのところですね。あと「森屋台」っていうのが海鮮の屋台で。本当はダメなんだけど、発泡スチロールに氷詰めてネタを置いてて(笑)。そこが結構面白くて、すげえ通ってて。

ーー:海鮮(笑)!屋台がそんなにあったんだ。今は一個もないですね。

小田垣:一個もないですね。石原都知事の時に、東京を綺麗にするっていうので締め出された感じで。トイレもないし、みんな飲んだら(そこらへんで)するし。

ーー:ああ、立ちションとか……。

小田垣:ニトリの目の前にぶどう農園があるじゃないですか。

ーー:ありますね。今も現役の。

小田垣:そう。あそこのぶどう園のところで、みんな本当立ちションしてたんですよ(笑)。

ーー:ええっ、あそこで!

小田垣:そう。あとは道路渡って、女の子とかはJOMO(ジョモ)っていうガソリンスタンド、今のエネオスになっているところに借りに行ったりというのはあったけど。

ーー:そっか、なるほどね。

小田垣:あと飲んでるからやっぱ住宅街うるさいでしょ。わーって騒ぐっていうか、声もでかくなるから。

ーー:そっか。なんか寂しいな。

小田垣:ま、そんなんでいろいろ、お寿司屋さんの「やぎはし」の「ケンさん」とかもそこで知り合ったんです。

ーー:屋台で知り合って!

小田垣:あ、そうなんです。屋台で知り合って、通って通って。そこで知り合った「ヒデさん」という人が用賀で店を始めるっていうので、今の「ベオーネ(お花屋さん)」の向かいくらいにあった「たま」っていうイタリアンのお店を、立ち上げから4年間手伝うことになったんです。

「たま」での新井との出会い。常連さんに支えられた独立

ーー(新井):実はその「たま」時代に、僕と小田垣さん初めて会ってるんですよね。

小田垣:あ、そうだね。新井くんが一番最初の時ね。

ーー(新井):そうなんです。

小田垣:誰だったかな……なんか誰かのお母さんみたいな人に連れられてきたんじゃなかった? 「なんか頑張ってる子がいるのよ」とか言われて、連れてこられたのが新井さんだったような気がする。

ーー(新井):そうそう、そんな感じでしたね(笑)。

小田垣:まだリクルートに入る前とかだよね?

ーー(新井):そうです、まだ学生とかそのくらいの時ですね。

小田垣:で、その後に、今度はリクルートに入ってホットペッパーの営業をしに来たんだよね(笑)。

ーー:そう、再会するんですよね(笑)。

小田垣:まだこの店(穏屋)の工事をしてる段階なのに、「ホットペッパーいかがですか」って。

ーー:(爆笑)

小田垣:まだ店もできてないのに、「オープンするんですか?」って営業しに来て、めっちゃ強引に。「いや無理だから、店開いてないし」みたいな(笑)。

ーー(新井):そうです、それ僕です(笑)。

小田垣:本当強引だったよね(笑)。

ーー:すごい歴史がある(笑)。そんな経緯を経て、いよいよご自身のお店「ビストロ穏屋(おだや)」のオープンですね。

小田垣:はい。33歳の時、2009年ですね。もともと用賀で店を出したいと決めて探していた時に、たまたま知り合いの蕎麦屋さんが辞めるという話を聞いて。前の店が4月いっぱいで辞めるって話で、5月1日にはもうここ契約してました。

ーー:すごい! やめた次の日に契約! その間、探す期間とか……。

小田垣:もう探す期間っていうのが、辞めてからの期間がなくて。4月いっぱいで前の店が辞める、じゃあ5月1日に契約、みたいな。だから1ミリも空いてない。

お客さんが作った「掘りごたつ」

ーー:やっぱり巡り合わせですね。内装とかはどうされたんですか?

小田垣:「玉川」時代に来てたお客さんたちが工事を手伝ってくれたんです。この机も自分たちでやったし、壁の黒板もお客さんが作ってくれて。そこの掘りごたつも、元々座敷だったのを畳剥がして、お客さんが作ってくれたんです。

ーー:え、掘りごたつ作れる!?

小田垣:元々そこ座敷だったの。畳が置いてあって。で、それを全部畳も剥がして、板切り行ってなんか掘りごたつっていうか、あの、座れるようにして。

ーー:すげえ。

小田垣:だからこの椅子も、そのまま居酒屋のままのやつを使ってるから。テーブルとかも買ってない。この板だけ買った。この長椅子も作ったし。

ーー:ええー、面白!

小田垣:看板のデザインもデザイナーのお客さんがやってくれて。外の造形も、屋台で知り合った造形屋さんがいて、CMとか映画のセットとか作ってるような人がお祝いで作ってくれたんです。

ーー:すげえ。人の繋がりですね。ちなみに店名の由来は?

小田垣:洋食っぽい雰囲気で大衆的にしたかったので「ビストロ」。それに僕の名前の「小田垣」から「小田(おだ)」に、穏やかな気持ちで飲んで帰ってほしいという意味で漢字の「穏やか」に「屋」で「穏屋(おだや)」と付けました。

「屋台村」「よりみちウィーク」誕生秘話と、実行委員長の苦悩

ーー:小田垣さんといえば、商店街のイベント「屋台村」の実行委員長としても知られています。商店街に加盟したのはいつ頃ですか?

小田垣:商店街に加盟したのはオープンして1年後くらいです。「やぎはし」の健さんが元々商店街に入ってて、二人で飲んでいる時に「なんか商店街で面白いことしようよ」という話になって。二人で理事長に直談判しに行ったのが始まりです。

ーー:すごい行動力ですね。最初はどんな感じだったんですか?

小田垣:最初は「とりあえず加盟してない人でも出れます」って言って広く募って。場所も真福寺の前の通り、商店街事務所の前で小さく、テントを出してやってたんです。それが2010年頃かな。

ーー:おぉ!最初はあそこだったんですね。

小田垣:それがだんだん規模が大きくなってきて、今度は銭湯(栄湯)の通りを通行止めにしてやった時もあるんですよ。でもいよいよ手狭になってきて、3〜4回目くらいから今の駅前の三角公園(用賀くすのき公園)に移ったんです。

ーー:そうか、歴史がありますね。もう15年くらい続いてる。

小田垣:そうですね。で、実行委員長をずっとやってますが、一番大変なのは、自分もプレイヤーとして出店しなきゃいけないこと(笑)。

ーー:そうですよね(笑)。運営もしながら。

小田垣:準備して、当日は1日16時間くらい立ちっぱなしで調理して、終わったら撤収して……本当に地獄です(笑)。終わって帰ってきてから、お店で夜の営業するんで。

ーー:そっか。屋台村は昼だから、夜は普通に営業あるんだ。でも、あのミネストローネ、うちの奥さんが大好きなんですよね!

小田垣:あれはずっと当時から変わらないレシピで作っています。店ではあまり出さないんですけど、屋台村では定番になっていますね。他のお店はいろいろメニュー変えたりしてるけど、うちはもう変えてる暇もないんで(笑)。

ーー:YSF(用賀サマーフェスティバル)は手弁当だったり、学生ノリでやってた時期もありましたけど、屋台村は本当にプロの味ですよね。

「よりみちウィーク」と、「用賀ワイワイコイン」の可能性

ーー:屋台村は大成功ですけど、もう一つのイベント「よりみちウィーク」についても教えてください。

小田垣:屋台村は盛り上がるし、その場の売上にはなるんです。でも、その場だけで完結してしまって、なかなか個々のお店への来店に繋がらないという課題があったんです。

ーー:ああ、なるほど。お祭りだけで終わっちゃう。

小田垣:そう。「あそこのお店美味しかったね」で終わって、実際にお店に来てくれることがほぼなくて。やっぱり自分のお店に来てもらって知ってもらいたい、という思いで、お店を回遊してもらう「よりみちウィーク」を始めました。

ーー:そこで登場するのが、キーパーソンでもある澁谷城太郎さんですね。

小田垣:そうですね。ここ4、5回くらいかな、「まちラボ」の澁谷さんたちに協力してもらっています。澁谷さんは元々うちの常連さんで、ずっと来てくれてて。

ーー:カウンターで飲んでるイメージあります(笑)。

小田垣:そうそう。そこで「イベントをもっと良くしたい」って相談をしていて。澁谷さんもいろんなアイデアを持ってるから、「じゃあ」ってことで新しく「まちラボ」という形を作ってもらって、いろんな人を集めて運営に関わってもらうようになったんです。

ーー(武井):よりみちウィーク、去年に、僕と松井さんで経営してる保育園(ひよルーム)のスタッフへの福利厚生としてチケットを配ったんですよ。そうしたら「用賀の街を練り歩いてめっちゃ楽しかった」って言ってくれて。

小田垣:へえ、それは嬉しいね!

ーー:こういう街歩きを、僕ら(NPO法人neomura)がやってるデジタル地域通貨「用賀ワイワイコイン」でもやりたいんですよねぇ。まだそこまでたどり着けてないんですけど、ぜひコラボできたらなと。

小田垣:いいっすね。やっぱり紙のチケットを持つのがめんどくさいっていう人もいるし。だからデジタルで回れるならそれはそれで便利だし、両方あってもいいと思うしね。

ーー:2月とか3月のタイミングで、ぜひ形にしたいですね。

小田垣:ぜひぜひ。僕も商店街の理事を10年以上やってますが、結局は屋台村とかよりみちウィークをやりやすくするために名前が入ってるようなもんなんで(笑)。大それたことはできないけど、商店街飲食部のまとめ役として協力しますよ。

おにぎり屋の看板娘? 奥様との馴れ初め

ーー:屋台村といえば、奥様もお手伝いされてますよね。

小田垣:そうですね。バイトがいない時とかに手伝ってもらってます。

ーー:小田垣さんの奥様との出会い、馴れ初めについても聞きたいんですけど。

小田垣:馴れ初めはね、僕が尾山台のお店で働いていた時ですね。当時のお客さんが、用賀の高速道路、環八に出るちょっと手前に「おん」っていうおにぎり屋さんがあるのを教えてくれて。

ーー:はいはい。

小田垣:そのオーナーと知り合いだっていうので、じゃあ行ってみようって食べに行ったんです。そうしたら、そこで彼女がバイトしてたんです。

ーー:へえー! まさに街の出会い!

小田垣:そう。で、その後にそこのオーナーとかと飲み会をする機会があって、そこからお付き合いすることになった感じですね。

ーー:それが20代の後半くらいですか?

小田垣:そうですね、28、9歳くらいだったかな。

ーー:素敵ですね。奥様も飲食がお好きなんですか?

小田垣:いや、たぶんあんまり好きじゃないです(笑)。できるなら店には立ちたくないみたい。

ーー:え、そうなんですか? いつもお店にいらっしゃるイメージですけど。

小田垣:まあ、人がいないから仕方なく手伝ってくれてる感じで(笑)。基本的には裏方がいいみたいですよ。

大食いファイター襲来と、YSFがつないだ縁

ーー:ところで、店内の壁に大食いファイターのサインがたくさんありますよね。これについても掘り下げたいです(笑)。

小田垣:これはね、コロナ禍で暇だった時に、YouTubeで大食いを見るのにハマって、「ちょっとウチでもやろうかな」とインスタで募集したのがきっかけです。

ーー:インスタで募集!(笑)

小田垣:そうしたら最初に「えびまよ」ちゃんという子がDMをくれて。そこから「マックス鈴木」さんや「ぞうさんパクパク」さんなど、有名なファイターが来るようになりました。彼らは横で繋がってるから、「あそこでやれるよ」って紹介してくれたりして。

ーー:何を食べるんですか?

小田垣:「大人のナポリタンスペシャル」という、5kgぐらいあるパスタです。

ーー:5kg……!

小田垣:男子は20分、女子は30分という制限時間で。彼らはプロなので、本当にギリギリの設定にしないと食べきっちゃうんですよ。マックス鈴木さんは14分くらいで完食しましたね。

ーー:小田垣さんご自身は食べないんですか?

小田垣:僕は無理です(笑)。でも、3kgくらいならいけそうかなと思ったけど、以前バイトしてたハルキが挑戦して1kg残したのを見て、「あ、3kgはプロの領域(絶対無理)だ」と思いました。

ーー:ハルキ!(笑) 1kg残したんですか。

小田垣:そう。ハルキも結構食べるんだけどね。バイトの最終日に「何食いたい?」って聞いたら「ナポリタン」って言うから3kg作ってあげたんだけど、さすがに無理でした。

ーー:ハルキといえば、僕らYSF(用賀サマーフェスティバル)の2022、2023の学生代表でしたね。

小田垣:そうそう。YSFの「決起会」をウチでやってくれた時に、ハルキがいて。最後に挨拶して「誰かバイトしたい人いたら」って言ったら、ハルキがいきなり「僕やりたいです!」って手を挙げてくれて。

ーー:そうでしたね! あの瞬間に決まった(笑)。

小田垣:本当にありがたかったですよ。で、ハルキの紹介で入ってくれたのがなっちゃん。

ーー:なっちゃんも!

小田垣:なっちゃんはね、性格的にあんまり接客に向いてるタイプではなかったかもだけど、でも働いてみると結構アクティブで良かったですよ。

ーー:みんなYSF繋がりでお世話になりましたね。

小田垣:いやいや、こちらこそ。若い子たちが来てくれて助かりました。

ラーメン談義と、用賀のゴルフ事情

ーー:ちょっと話は戻りますけど、最近の趣味はやはり食ですか? 小田垣さん、ラーメン好きですよね?

小田垣:ラーメン好きですね。バイクでよく行きます。個人的に好きなのは、仲町台って駅にある「白河手打中華そば」。鶏ガラの、あそこは美味しいですよ。

ーー:ああ、白河ラーメン! 手打ち?

小田垣:そうそう、手揉みの麺で。めちゃくちゃ好きなやつですね。最近はそういう手揉み中華が好きで、山形ラーメンの店にバイクで行ったりもします。

ーー:たまに、穏屋でもラーメン出してますよね? あれは不定期なんですか?

小田垣:あれは、そう、月に1回行くか行かないかなんですけど、田園調布の焼き鳥屋さんがあって。有名な長嶋茂雄さんがよく来てた店なんですけど。

ーー:へえ、すごい!

小田垣:そこの2代目の人と昔から付き合いがあって、行くと鶏ガラをくれるんですよ。最初はポトフとかコンソメスープを作ってたんだけど、あんまり出なくて。「じゃあラーメン作ってみっか」って出したら、意外に好評で。

ーー:あれ美味しいんですよ。

小田垣:だから鶏ガラをもらった時だけ作る限定メニューですね。20食できるかできないかぐらいですけど。

ーー:僕ら「チーム用賀」の中にもラーメン部があって、松井さんとかが中心にものすごい数食べてるんですよ。去年1年間で、全員のシェア数ですけど1300杯いったかな?

小田垣:1300杯!? すごいね(笑)。

ーー:今年も良いペースで進んでます(笑)。用賀周辺だと小田垣さんはどこが好きですか?

小田垣:用賀で言ったら「たつみ」じゃない?

ーー:おお、たつみ! 確かに透き通った醤油味で、シンプルで美味しい!

小田垣:なんやかんや一番シンプルで美味しいよね。

ーー(武井):俺もそうです。もう年齢の影響か、脂っこいのが食えなくて(笑)。百麺とか食べきれなくなっちゃって、ちょっと濃いのがあんまり……だから、世田谷通りの「タナカロボ」が好きですね。

ーー(新井):タナカロボね! でも、やっぱり百麺は行かなきゃいけないっていう「義務」みたいなとこあるじゃん!?

ーー(武井):どういうこと?(笑)

小田垣:「二郎系」とかは、僕はあまり好きじゃないからあんまり行かないんだけど……。

ーー(武井):あ、インスパイア系ね。あの、世田谷通りの「歴史を刻め」。こないだも車で通ったら大行列で。嫁と二人で「ええっ!?」ってびっくりした。やっぱり若い人多いよね。

小田垣:あそこは日大生いるからね。僕は今日、家系食ってきましたよ。駒沢の「おか本」。

ーー(新井):あ、今日? おか本、あそこ美味いっすよね。

小田垣:美味いっす。

店を続けること、街と生きること

ーー:話が尽きないですね(笑)。最後に、今後の展望をお聞かせください。

小田垣:特別「これをやりたい」というよりは、このお店を長く続けることですね。店を続けていないと、屋台村などのイベントもできないし、街に関われなくなってしまう。

ーー:なるほど。お店があるからこそ、イベントができる。

小田垣:そう。店を辞めたら、用賀からいなくなっちゃうから。俺、辞めたら、本当ゴルフ場に就職するから(笑)。

ーー:あ、ゴルフといえば! お隣にシミュレーションゴルフができましたよね。

小田垣:そう! 24時間やってるから最高ですよ。気付いたら隣がシミュレーションゴルフになってて(笑)。

ーー:あれ、誘致したわけじゃないんですよね?

小田垣:いやいや、全然(笑)。気付いたらできてた。「あ、最高!」と思って。仕事前や後にちょっと練習できるので、ゴルフ好きが集まる店としても楽しんでもらえたらいいですね。

ーー:奇跡的なコラボですね(笑)。意外と用賀ってインドアゴルフ多いですよね。

小田垣:多いね。5軒くらいあるんじゃない? SBSの中にもあるし、モスバーガーの下とか。やっぱり大きな練習場がどんどんなくなっちゃってるからね。相続の問題とかで、土地を手放さなきゃいけなくなったりして。だからインドアゴルフならそんなに大きな箱がいらないでしょ? 3打席、4打席作れればビジネスとして成り立つから、こういう手ぶらで行ける場所が増えてるんだと思う。

ーー:なるほどなあ。僕らの周りでもゴルフ人口多いですよ。「チーム用賀」の中でも、大手企業に勤めてるナベさんとかサトさんとか、やっぱりゴルフやってますもんね。

小田垣:ああ、ナベさんサトさんね! やっぱりやる人多いよね。商店街のコンペとかもあるし。

ーー:ゴルフの話も止まらないですね(笑)。ちなみに小田垣さんのスコアは?

小田垣:平均83とかかな。

ーー:83! すごい……! パーが72ですから、プラス10ちょっとってことですよね。100切るだけでも大変なのに。

小田垣:一応ね(笑)。でも、用賀にはもっとすごい人がいますよ。「エイトアンダー(Eight Under)」っていうお店、知ってる?

ーー:ああ、商店街加盟店のエイトアンダーさん!

小田垣:そうそう。あそこのオーナーご夫婦、旦那さんも奥さんもプロゴルファーだから。ベストスコアが店名の通り「8アンダー」とかで回るから、もうとんでもないよ。次元が違う(笑)。

ーー:すごい街ですね、用賀は(笑)。

これからも、一緒に用賀を盛り上げたい

ーー:小田垣さんがいなかったら屋台村もよりみちウィークもなくなっちゃうし、やっぱりお店を続けてもらうのが一番大事ですね。

小田垣:まあね。だから逆に、イベントの運営とか大変な部分は、みんなにサポートしてもらえたら楽になるかな(笑)。

ーー:ぜひ! 僕ら「まちラボ」や「YSF」のメンバーで、運営周りはがっつりサポートさせてください。小田垣さんが16時間立ちっぱなしにならないように(笑)。

小田垣:それは本当いいなと思います。よりみちウィークも、もっとブラッシュアップして、お客さんにも店舗にもメリットがある形にしていきたいしね。

ーー:そうですね。僕らがやってるデジタル地域通貨「用賀ワイワイコイン」とも連携して、スマホ片手に街を回れるような仕組みも作っていきたいです。

小田垣:うん、デジタルとアナログ両方あっていいと思うし、そういう新しい風を入れてもらえるのは助かります。

ーー:僕らも、もっと街に貢献していきたいという思いがふつふつとあるんで。これからも小田垣さんと一緒に、用賀を面白くしていけたら嬉しいです。ぜひ今後ともよろしくお願いします。

小田垣:こちらこそよろしくお願いします。僕も応援できることは応援するんで、一緒にやっていきましょう。

ーー:ありがとうございます! 今日は長時間、本当にありがとうございました。

小田垣:ありがとうございました。

©neomura